不眠症は寝坊知らず

不眠症

生きていれば、誰しも眠れない夜を経験することがあるだろう。普段、私たちは眠くなれば、何の苦もなく布団に入って、すぐにぐっすりと眠りに落ちるものだ。眠気が訪れた瞬間、私たちの体は自然に眠りの準備を整え、眠りたいという欲求がそのまま満たされる。しかし、時にその眠れない夜が訪れる。

そして、眠れなかった翌朝には容赦なく睡眠欲求が襲いかかり、寝坊してしまったり、昼過ぎまで寝てしまったり、あるいはいつもの寝る時間まで我慢できずに早く寝てしまうこともあるだろう。人は、例え眠ることができなかった夜を過ごしても、次の日にはその眠りたい欲求は満たされるものだ。

だが、不眠症の場合、その溜まった睡眠欲求が満たされることはない。それどころか、眠りたくて仕方がないという感覚すら薄れ、眠気を感じることができなくなる。目を閉じても、心が静まることはなく、体もリラックスできない。体が完全に疲れ切っていても、眠るという感覚がどこか遠くに追いやられたかのように感じる。頭の中は静寂ではなく、むしろ次々と考えが浮かび、身体は休まることなく緊張したままだ。どれほど横になって目を閉じても、眠気の波が来るどころか、逆に体が重く、気分がますます悪くなるだけで、無限に続くように感じる。

そのため、眠れなかった翌日は、あまりの疲労感に「いっそ気を失えたらどれほど楽だろう」と思うほどだ。しかし、不眠症の人は「ついうとうとする」ことすらなく、ただひたすら体調が悪くなるだけなのである。

さらに、次の日が休日であっても、その時間はまるで無駄に過ぎていく。周囲が休日の静けさに包まれている中で、私だけが休むことなく疲れが積もるばかりで、結局一日を無駄にしてしまう。目を閉じても眠れず、体が休まらず、ただただ時間が流れるばかり。寝室で過ごしているのに、何もできずにただ横になっているだけ。こんなはずではなかったのに、気づけば貴重な休日の時間が過ぎ、何も成し遂げることができないまま一日が終わってしまう。すべてが手の届かないものとなり、無力さを感じながら、ただ時間が無駄に流れ続ける。

そして、さらに辛いのは、いくら眠れない日が続いても、朝の6時以降は絶対に寝ることができないという現実だ。どんなに身体が疲れ切っていても、どんなに心が眠りを求めていても、6時を過ぎると、まるで眠りの扉が完全に閉ざされてしまうかのように、眠れなくなる。夜通し眠れずに過ごしてきても、明け方の6時になった瞬間から、体は不思議なほどに目を覚まし、眠気を感じることすらなくなる。どんなに横になっても、目を閉じても、ただただ無駄に時間が過ぎるばかりだ。まるで自分の体が、「もう眠ることは許さない」と言わんばかりに、完全に目覚めてしまうのだ。

そして、不眠症の人は、眠れなかった夜があっても、どんなに苦しんでも、決まった時刻に起床するという素晴らしい特技を持っている。もちろん、それは健康的な休息とは程遠いが、6時には必ず目が覚めて、眠りを求める気持ちすら遠くに追いやられてしまう。寝ている暇などなく、ただ時間が過ぎていくばかりなのだ。

その一方で、他の人たちはというと、朝寝坊をして遅刻したり、目覚まし時計に何度も起こされることがある。眠りたくても眠れず、体調不良に悩まされている私にとって、その「普通」の時間の流れが信じられないほど羨ましく感じる。しかし、私は毎朝6時、まるで決まった時刻に目が覚めることが確定しているかのように、他の誰よりも早く目覚めるのだ。

タイトルとURLをコピーしました